自虐は免罪符ではない

何か指摘をされると「ああだから私はダメなんだ」と思うのは、全部自分が悪いことにすればそれ以上考えなくていいからだ。そしてそのまま人の話を聞かずに謝罪に終始する。そして指摘した人は「これでは何も変わらないな」と思うのだ。

指摘してくる人は謝って欲しいわけではなく改善してほしいのだ。

そのことを頭では分かっていたとしてもすんなり受け入れられるものではないことは知っている。まるで全身がその場にいることを拒否をしているような感じになる。本当につらいが、だからこそここがポイントなのだ。

曖昧な状況設定だと分かりにくいので、リハビリ出勤している状態で何か問題があって上司に呼び出されて話をしているというシチュエーションで書くことにする。

ちゃんと考える

まずは、求められていることに注意を向けることから始まる。
「はいはい私が悪いんでしょ」では拉致があかない。そしてそのときあなたは本当に自分が悪いと思っていない。自分が不幸だと思っているだけだ。

良い悪いはおいといて、何を求められているのかを考えよう。
分からないならその旨を伝えよう。
全人格が否定されているように感じるのであれば、そのように感じていることを伝えよう。
それすらできないのであれば「落ち着いてよく考えたいので後で相談させてほしい」と言って、一旦棚上げしよう。

時間をもらう

上司であれば早々に問題を解決するというコミットを得たいし、時間もない。
上に報告をする必要があるのかもしれない。
そもそも立場的に優位なのでメンタルも削られにくいから「ふつうのこと」として畳み掛けてくる傾向はある。

あなたが相手の状態が分からないように、相手だってこちらの状態はわからないのだ。
そして、うつだと自分の状態がどうなっているのかすら分からない。

だから、混乱しているので少し時間がほしい旨を伝えるのだ。

それでも上司が「いっしょに考えよう」などと言って食い下がってくる場合がある。困ったことである。
親切の押し売りに近い感じになっているので、拒絶すると逆ギレされる恐れもある。困ったことである。
そのときのセリフを用意しておいた。

「あなた(上司)のおっしゃることではなく、それを受けて自分がどう思っているのかが整理できないという状態なので、整理できたらぜひお願いしたいと思います。なので今は整理をする時間をください。」

・・・私も当時こんなセリフを用意できていればと悔やまれてならない。リハビリ出勤している方はメモとしてポケットに忍ばせておくことをおすすめしたい。

自虐は回りも蔑むことになる

回りというのは利害関係にあったり、生きていくときにかかわり合いがある人たちということになるだろうか。
同僚とか家族とかそういう感じの顔と名前と雰囲気(以上)を知っている人たちくらいでいいかもしれない。

回りというのはあなたの存在理由を認めているから回りなのである。
自虐をすると今の「回り」のほうの存在理由を揺さぶることになる。
「あなたの存在理由をあなたが否定してしまったらあなたを認めている私は何なのか?」ということだ。

これはポエムではない。
会社だってあなたに存在理由があるから採用しているのに、その採用を否定するような行為(自虐)をされたら穏やかではないのは想像に難くないだろう。

なかったことにするのは楽なものであるが何も解決しない。
「悪いことと思われることをした私は違う私なのですよー」は通用しない。
自虐をそのような逃げ道に使うべきではない。逃げるなら正面から逃げるべきだ。
正面から逃げるとそれに対して誰も逃げたと言わないが、それはまた別の機会に。
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