うつが治るとはどういう感じなのか?

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「どうなるとうつが治ったといえるのだろうか?」「なにを目指したらいいのだろうか?」そう考える人は多いだろう。完治の道はなかなかに遠く過酷である。でも、得られるものはものすごく大きい。

死にたいと思わない

これを聞いて「それはそうだろう」と思うだろうか?とにかく冗談であげているわけではない。いつなんどきも「死にたいと思わない」のだ。

失敗した時も怒られた時も頑張れなかった時も、うつでなければ、死にたいなんて思わないのだ。

もちろん、高瀬舟のような例外もあるだろうが・・・。

会社に行くことに抵抗がない

頑張っていくというのではなく、行くのが普通というか、習慣化されている状態。

会社に行くことにまったくの疑問を挟む余地が無いとはいわないが、起きて会社に向かうまでの流れに、意識を向けることがない状態だ。

もう行く会社がないというのは、それはまた別の問題。

とつぜん不安に襲われない

脈絡もなく「将来どうなっちゃうんだろう」とパニックになったりはしない。漠然とした不安を抱えることはあるだろうが、不安で目が泳いだりそわそわしたりはしない。

びくびくしない

もちろん、失敗したあとで上司が話しかけてきたらびくびくもするだろうが、何か行動をするたびに、怒られるのではないかとは思わない。

「なにしているの?」が非難の言葉に聞こえたりはしない。

にんげんだもの

短所も含めて自分であると認めていて、できないことや苦手なことがあっても、自分の存在を否定するようなことはない。

自分の存在理由を見つけたとかではなく、自分が存在することに違和感を感じていない。

ハードルが高くない?

高い。高くなるのだ。
びくびくしていてもうつではないひとはいるだろうし、他の項目もそうだろう。

でも、ひとたびうつという沼に体ごと埋まってしまったのならば、いったん沼の外にでないとそれは克服したことにはならないのだ。

片足を突っ込んだだけなのと完全に落ちたのでは、今の状態が同じように見えてもリスクが全く違う。

「こんにちは新しい自分」は、ない

少なくとも「ない」と思ったほうがいい。

「劇的に痩せるダイエット」とか「つるんと剥けて赤ちゃん肌」という類いのものと同様、しがらみを脱ぎ捨てて・・・というのは、結局は害になることが多い。

自分の習慣や考え方はついてまわるものなのだから、それに手を付けずに手っ取り早くなんとかしようという根性は、ズルをしたという罪悪感も相まって、さんさんたる結果になる。

自助努力にまさる王道はないのである。そうしていることで、フッと引き上げられたと思える状況になり、「新しい自分」がぽんと生まれちゃうことも無きにしもあらず、だ。でも、前提は自助努力である。外にすがるだけではダメなのだ。
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