驚いたことにみんな死にたいなんて思ってなかった

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休職する前は一週間に2・3回は死にたくなるのが普通だと思っていた。上司に「ツライんです」といったら「オレだって死にたくもなるけど頑張っているんだ」と言われるものだと思っていた。

衝撃の事実

みんな、死にたいなんて思わずに生きていたという事実。

みんなは「我慢しているけどジリ貧な生活」なんて送っていないし、「漠然とした死の恐怖」にも怯えていないし、「なんで生きているのか分からない」なんてことにも悩んでいない。

それに、夜ごと涙で枕を濡らすなんてギャグだと思っているのだ。

回りは関係ない

身内に不幸があってその対応に追われながらも仕事をこなしている上司とか、身内の看病をしながら仕事をしている同僚とか、まわりにライフイベントが発生して大変な時期だからというときでさえ、あなたがツライことを我慢する理由にはならない。

戦力を見極めてコントロールをするのは上司の仕事だ。
今の戦力に見合わない仕事を切り盛りできずに、部下に頑張りを求める上司は、上司として無能なだけだ。

それに、仕事がなんとかその場は切り盛りできたとしても、そのあと人生から降りるような状況になってしまっては、全く意味が無い。

クズでもOK

何がクズかは分からないが、確実なのは「クズと言っている人にとって、生き方の選択肢にないような生き方をしている」だけのことだ。

要は「ありえない」「いみわからない」と一緒で、理解ができないだけのことだ。
現実にあり得ることだし、分からないのはアタマが悪いからだろう。気にすることはない。

自分にクズと言っているのが自分自身だとしても同じことだ。
実際に起きていることだし、自分の状況が説明できないだけだ。

自分の存在を許そう

存在を許すといっても、大きな愛がどうこうという話ではない。
自分のつらさや苦しさをきちんと聞いてあげて、それに真摯に対応するだけのことだ。

頑張れとかそういう根性論ではなく、もっと自分を大切にすることだ。
頑張ってよくやっている自分しか自分とは認めないという縛りを解こう。

疲れて泣いている自分の存在を許して、手をとって導いていくのだ。
わがままに見えるその言葉をよく聞くのだ。

ツライことをするからお金がもらえるわけじゃない。
人の役に立つからお金がもらえるのだ。

もしかして忘れているのではないか?

こういう自責の念は、怠け心を叱咤激励してきた延長なのかもしれないが、怠け心は別に悪いことではない。なぜそんなつまらないことをわざわざ自分に強いているのかを考える機会がきているのだろう。
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