「こうしたほうがいいよ」が「これはやってはいけない」になっていることがある。意味しているところは似ているのかもしれないが、アプローチがまるで違う。
例えばやめるべき行動として以下のような行動があげられる。
- 寝酒
- 夜の熱いお風呂
- 夜の激しい運動
- 夜のコーヒー
- 昼夜逆転の生活
- 一日中布団の中で過ごす
- 甘いモノのやけ食い
どれも犯罪ではないし、マナー違反でもない。
心に枷をつくるな
私は先述の行為を推奨しているわけではない。もちろんやらないに越したことはないだろう。
問題なのは「良くないと言われているから」と、他人の意見で自分の行動を縛っていることだ。
繰り返しになるが、どれも犯罪ではないしマナー違反でもない。いわゆる健常者でもやることだ。とくに「一日中布団の中で過ごす」ことは風邪をひいたのならむしろ推奨される行為だ。
休職中は失敗し放題
やりたくないことをわざわざやらなくてもいいが、理由も分からず控えていてそれがストレスになるのなら、いっそのことそれをやって失敗した方がいい。
たとえば、「昼夜逆転していたら頭がボーッとしてなんだかこうパリッとしないし、通院する時間にうまく合わせられないとすごくつらい。」ということがあれば、自分が苦労するからやらなくなるだろう。
もし、ぱっとサイクルを戻せるのならば、昼夜逆転しても気にすることはないのかもしれない。
結局は自分の問題なのだから、他の人の意見に振り回されず、自分が納得できることのほうが重要だ。
常識は変遷する
体にいい、わるいの話は結構変わるものである。タバコだって昔は体にいいものとされていたのである。
「ブログに書いてあったことを信じていたのに」とか「お医者さんが本で“エビデンスがある”と言っていたから間違いないと思っていた」なんてことを言っても、やはり自分の責任で自分でやったことなのである。
タバコくらいにもなると訴訟もあるだろうが(アメリカの俳優の奥さんが訴訟していた)、それでも自分で決めたことなのだ。自分の選択結果は自分で負うしかない。
自分でコントロールする努力を
自分の人生なのに人の運転する車に便乗していては、結局、充実した人生は送れないものである。
選択肢はさほどなかったかもしれないが、それでも選んできたはずである。妥協といわず、自分で選択したという意志を持とう。
おそらくこれは、カウンセリングのときにもいわれることだろう。「休職させられたのではなくて、自分の意志で休職をしているのですよ」と。
最後に
自分で選びとってその状況に対処するというのは、自分をコントロールしている感じがして、自分の人生を送れている感覚が得られるものである。
くれぐれもわざと失敗しろといっているわけではなく、試してみてもいいのではないかといっているだけである。
かくいう私も自分が失敗したので「ここに失敗ポイントがありますよー」といっているだけのことであって、うまく回避できたわけではないのである。みんな失敗してきたのなら、もしかしたら、失敗してみるという過程こそが大切なことなのかもしれない。