「ウツからの反撃の狼煙をあげたい」と思ったら

Astonavt around the crater .

その意気やよしではある。しかし一体なにをすればいいのだろうか?
努力と根性に流れてしまっては同じことの繰り返しになってしまう。

まずは落ち着いて状況を確認する

へこんだ状態から持ち直したいと考えるくらいであれば、ある程度は気力があるのだろう。
今の状況も大切だが、時間軸で見ていくことも必要だ。

今は上昇傾向にあるのだろうか?それともだんだん落ちてきていて焦っているのだろうか?気力の度合いが同じでも対応の仕方は変わるのだ。

自分の状態が見えていない状態では、まずは落ち着くことが先である。

情報を収集する

気になることは調べておこう。それこそ、全てだ。

転職するとしたらどういう会社があるのかとか、どういう食生活がいいのかとか、運動はなにをしたらいいのかとか、ネットで調べるのもいいが、ある程度分かってきたところで書籍を数冊買って、しっかり知識を整理したほうがいい。

とにかく、現状ではだめなのだから、何か変えることができないかを調べるのは至極当然の行動だ。楽しいかどうかは分からないが、少なくとも苦痛ではないだろう。

自分を知り自分を肯定する

書籍を読み漁ることで、自分の置かれている環境を客観的に把握する助けになる。知識をつけるだけでなく、瞑想をすることで違った視点を持つこともできるだろう。

やはりおすすめはマインドフルネスということになる。

考えを巡らせるのではなく、自分に今現在おきている現象に注意を向けるというのは、考えるのではなく感じる作業である。過去のしがらみや未来の不安という考えを受け止めつつも、「いまではない」として流していくのだ。

そうしていくうちに、自分を否定するような気持ちはなくなっていく。積極的に肯定するわけではない。否定や肯定という考え自体も飲み込んで流していくので、結果的に肯定することになるわけだ。

恨みつらみ怒りを全て浄化する

こちらもマインドフルネスで制御できるようになってくる。

そもそもなぜこういった怒りの感情に決着をつける必要があるのかというと、自分が何事かをなすには、かならず多くの人の気持ちが必要だからだ。そしてそれは遠くの誰かではなく、隣接した人の気持ちが必要なのだ。

もちろん、悟りたる人ではないのだから、怒りの感情を起こさないということはできないだろう。また、ひどいことをされたと思っている人を好きになれということでもない。

そりが合わなくても理解はできるし、距離をとればしょうがないと思うこともできるだろう。そういった心が波立たない決着ポイントを見つけておくということである。

事情はどうであれ、怒りの炎に包まれている人の前に、いい方向に導いてくれる人は現れないのだ。(一緒に怒りを露わにする人は現れるだろうが・・・)

バランスをとる

「そうならば!」と本を買いあさり、寝る間も食べる間も惜しんで乱読し、瞑想をして、身体を鍛え上げ・・・とやろうとしてしまうかもしれない。こうやって文章にすれば「いやいやそんな極端なことは」と思うだろうが、焦る気持ちは確かにあるだろう。

気をつけて欲しいのは、これは自己研鑚の道であり、ゴールがないということだ。もしかしたら、自己研鑚をし続けられるということ自体がゴールとなるのかもしれない。

だから、答えを見つけるために突っ走るということはしないで欲しい。もしかしたら、それが鬱の原因になっていたのかもしれない。

私は「こうと決めたら・・・」というところもある。そんな私のおすすめは半身浴をしながらKindleで書籍を読むことだ。ゆったりした気持ちでお気に入りの書籍を何度も繰り返して読むことで、「どうしてそう決めたのか」を思い出すことにしている。最近身につけたテクニックなので試してみて欲しい。運動をしなくても汗をたっぷりかいてスッキリした気持ちにもなる。

うつ克服の道は本当に長いが、王道の方法ですすめていくと、あるとき「克服できた」と分かるはずだ。私はまだもうちょっと残っているが、「もうちょっと」というのは分かる。自己研鑚にゴールはないが、「もううつにはならない」という通過点は感じることができるに違いない。
スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

水蕗をフォローする

スポンサーリンク

コメントを残す