恨みつらみをやめるとは?
恨みやつらみを抱えたままでは何でも何かのせいにしてしまう。他人のせい、環境のせい、自分のせい・・・。
その辺りの感情を全部精算する。事実を事実として受け止める。
これは過去のことを総括して恨みつらみといっているだけのことで、過去のことは過去のこととして受け止めるということである。それはいい大学を出たとかそういう過去の栄光も含めてのことである。
助けを求めるとは?
自分の今の力を知ることと、人に助けを求めることは恥ずかしいことでも悪いことでもないということを納得することで、気持よく助けを求めることができる。
現状を把握し、自分の至らないところや足りないところを認め、公にし、助けてもらうということだ。
気持ちには慣性力がある
過去を省みて、気持ちを入れ替えたときには、確かに感謝の気持ちが湧いてくるだろう。
そのときは感謝の気持ちを口にしてまわり清々しい気持ちになるのかもしれないが、気持ちを1点にとどめることは難しい。それにマイナス方向に走っていた気持ちは急にはポジティブにはならない。短期的にはあり得ることだが、体に染み付いたノリはそうそう消えないのである。
根暗な人がいきなり感謝の言葉を口にするようになってしばらくして消えていくのは、おそらく昔の気持ちの慣性が働いているのに、外見だけでマジ感謝などとやっているために、気持ちとの乖離がひどくなって潰れてしまうのだと思う。
「新しい私」というピーリングみたいな発想はリバウンドが起きるものなのだ。
未来を見過ぎない
苦しい今をかえるために頑張るのではない。今を受け入れて許容した上で、よりよい未来を目指すのだ。
今をほったらかしにしたり、嫌ったり、こんなの本当の自分じゃないという思想ではいつまでたっても抜け出せない。まずは今の状況を良しとしよう。上を見ればきりがないが、客観的に見てそんなに絶望的な状況なのかをよくよく考えよう。
上ばかり見ていては足元をすくわれる。もちろん、不安ばかり抱えていてもダメだ。
過去は捨てずに抱える
過去を精算するということは、過去をなかったことにするのではなく、過去から抱えている宿題を片付けてしまうということだ。宿題自体をやらなくていいわけではない。
つまり、過去にはとらわれはしないが、全部抱えて生きていくのだ。